「西ナイルウィルス」

鏡和也

 私は今日とある病院に入院させられた。病名は不明。というよりも何か隠しているようにも感じられる。もしや医療ミスでもされたのだろうか?でも、そんなミスをされる様な覚えはない。確かに2週間程前にこの病院の外来に風邪を診てもらいにきたが、いたって普通、いつもと変わりのない治療をされた。それ以前も自分自身、何か薬を飲んでいるわけではないので飲み合わせが悪かったというわけではないだろう…風邪をこじらせたのかとも考えてみたがそれならそうと医者も言ってくれるだろう。そうも考えている間にいきなり腹の痛みが激しくなり、ナースコールを押したところで意識が途切れた…

「先生、激しい肝炎と膵炎の反応が見られます!!」
「ひとまず鎮静剤をうって…とりあえず痛みを抑えておこう…」

 私は朦朧とする意識の中宇宙服のような格好をして慌てた様子で対処をする看護士と医者の会話を聞いた。

「今日、これで5人目になりますね…」
「あぁ、こうやって明日も、明後日も発症者が入っては亡くなっていくんだろう…」
「でももう病棟の半分がこれで占められています。」
「しょうがないだろう。あんまり大きい声では言えないが、院長としては他の患者を早他に移し、今年中にはこの病院を閉鎖したいらしいから。まったく、彼もえらいものを残していってくれたものだよ。」
「でも、これだけの人が亡くなれば世間も怪しく思うでしょう。しかも全員うちの患者ですから」
「大丈夫。外にもれなきゃ分からないものさ。君もわかっているとは思うけど、一切他言無用だよ。もし話せば僕たち医者だけでなく、君の立場も危うくなるんだからね。」
「…はい、先生。分かっています」

 え?亡くなる?半数?閉鎖?一体どういうことなんだろう…それに『彼の残したもの』ってなんだろう?そういえば宇宙服の医者と看護士、それと患者以外見舞い客の気配がしないのは何故だろうか?何かメモに書き留めておいて、最悪死んだ後でも家族に渡し、謎を解いてもらおうか…いや、実際これだけ人気がないところを見ると隔離されているのだろうからそれも難しいだろう。

 次の日、私は立つことも出来なくなっていた。昨日以上に意識は朦朧とし、排泄でさえも自力では出来なかった。そこで始めて昨日の会話を思い出し、死を確信し始めた。
 2,3日後、私はついに心筋の筋力低下により心停止、回復することなくこの世を去った。そして、年末には病院自体がチェーン展開による経営困難というたてまえのもと取り壊されることなく閉鎖された。この閉鎖の真相は世間に発表されることなく、閉鎖をめぐる様々な噂が飛び交い、新聞、雑誌等で取り上げられたがどれも確信に至れるものはなかった。そして、人々の記憶の中から消えていた。
 それでも1人、粘り強くその真相を追い求める男性がいた。彼は記者でその病院で妻と子供を亡くしていたが、
「大丈夫、風邪を少しこじらせただけです。一応、1週間程入院して様子を見ましょう」
と医者に言われ、仕事が忙しかったせいもあるが、一度も見舞えることなく、帰ってきたときには小さな箱に入っていた…

 妻も子供も入院する前、風邪をひきその病院に行っていた。取材で他に病院で亡くなった人の家族に話を聞く機会があったが、同様に入院する2,3日前に風邪でその病院に行ったことがあったそうだ…。怪しい…怪しすぎる…医療ミスか?!いや、どの人の話を聞いてもその風邪は治っていたということだった。ここまで話が一致しているにもかかわらず誰一人真実にたどり着けないのは何故だろう…。だが、記者とはいえ雇われの身、人々の記憶が風化していっている中その話題ばかりを追い続けるには限界があった。その為、私は仕事をやめ、真相追求に人生を費やすことを決心した。

 私は出来る限り多く看護士から警備員までその病院関係者をあたって回った。だが、変わらず誰もが教えられたように知らない、分からないを繰り返すだけであった。
 しかし、嫌われ、嫌がられ何度も回っているうちに挙動のあやしい元看護士が現れた。彼女は閉鎖される少し前にその病院をやめ、今は他の病院に勤めているわけでもないらしい。私はその看護士に標的を決め、何度も何度も『何があったのか』を聞き続けた。そして何ヶ月か経ったころ…

「何があったか教えてください!!私の妻と子供は何故死んだんですか!そして何故、病院を閉鎖しなくてはいけなかったんですか!」
「いいかげんにして下さい!いいかげんにしてくれないと警察よびますよ!それに私にはあなたに教えられるようなことはないです!」
「そんなことはないでしょう!あなたは何か知っているはずだ!!」
「知りません!帰って下さい!」

 そんなドアのまえの押し問答を今まで何回続けてきたんだろう…
 そしていつものようにあきらめて帰ろうとしたところいきなり今まで断固として開くことがなかった彼女の部屋のドアが開いた。
「本当のことを聞いて、平常心でいられる自信はありますか?」
 唐突の申し出だった。本当ならばうれしい限りなのだがいざこういうふうに言われるとたじろいでしまう。だが、そういうわけにもいかない。私は頷き、彼女の部屋に招きいれられた。そして驚くべき真実を聞いてしまった。

 彼女は恐る恐る、何かにおびえるようにしながら話始めた。
「わ…私が悪いんです!私が全て…」
 そう言うと彼女は泣き出してしまった。
「一体何があったのか教えてくれるね?」
 私がそう言うとしぶしぶ彼女は
「私が以前あの病院に勤めていたのはご存知ですよね。そこで私には親しい医者がいたのはご存知ですか?」
「いいえ、そこまでは」
「彼は、実にいいお医者様でした。患者さんからも人気があって…けれどその分忙しかった。だから…余計に気が抜けていたのかも知れません。連勤が続いていたところに学生時代の友達で今、フランスで研究をしている人から『こっちに遊びがてら見学に来ないか?』という誘いがあり、彼は喜んで有給を使ってその友達の所に訪ねて行きました。そこまではよかったんです、そこまでは…。その人は動物を使った研究をしていたらしく、その研究所を見学させてもらったらしんです。そこで…彼は…うっ、うっ…」
 話しながら彼女は彼のことを思い出したらしくだんだん嗚咽交じりになり、ついには泣き出してしまった。
「そんな…泣かないでくださいよ…まるで私が苛めて泣かしたみたいじゃないですか…落ち着いて、落ち着いて話してください。そこで何があったんですか?」
「…ごめんなさい。彼のことを思い出しちゃって…彼はそこで蚊に刺されたみたいで。最初は気づかなかったんですが、ホテルに帰ったら痒くなったみたいで、簡単にほっておけば治るだろうって思ってて、帰って来て私に『向こうの蚊に刺されたみたいなんだ。うまいこといけば向こうに自分のDNAが伝わるんだ』って楽しそうに笑ってたのに…その後何日かして彼、いきなり具合が悪くなって。彼も周りの先生も過労だろうって、少し休めば治るって!!私にも『そんなに心配なら血液検査してみる?』って、自分で採血して私に渡してくれたんです。私、その採血したのを受け取って検査しに行って…そこで…そこで…そこで私、棚の上の器具を取ろうとして…下の机に置いてあった先生の血が入っていた入れ物を倒してしまったんです。私、慌てて、すぐに元に戻して、こぼれた血は少しで検査には支障ないだろうって思って、その零れた血を殺菌の意味も込めてアルコール綿で拭き取ったんです。」
 私は彼女の話を一言一句漏らしてなるものかと思い、気を張り詰めて聞いていたがここまで聞いても結局何が言いたいのか分からなかった
「その検査でも白血球が減っていたぐらいで、その検査ではこれといったものが出なかったんです。だから私安心して…でも、彼はそれからすぐに具合が悪くなって、自力で立つこともできなくなって…そのまま亡くなりました…」
「彼が私の妻や子と同じ病気で亡くなったのはわかったけど、それがどう真相につながるんだい?」
「はい…その後あまりにもおかしいということで彼の検死がされたんです。そこで、血液の中から西ナイルウィルスが見つかったんです。」
「西ナイルウィルス?あの最近アメリカで問題になっているウィルスかい?でもあれは日本でまだ発症例は報告されていないはずだけど?それに、血液検査には出なかったんだろ?」
「はい。普通の一般的な検査だけではなくIgM捕捉ELISA法というものをやって特異的IgM抗体が見つかったんです。それがアメリカでの検出方法らしくって、それが一番の同定方法なんだそうです。そのウィルスなんですけど…院長が、隠してしまえば、無かったことにしてしまえばわからないからって。脅されて、誰も逆らえなくって…そうしているうちに風邪などで病院に来た人が彼と同じ症状で運びこまれ出して」
「というと?」
「院内感染です。感染源は彼の血液。大半はきちんと処理されたのですが、私が零して拭き取った分が…ウィルスがそのアルコール綿では死ななかったらしくって、その上そこから空気感染し出して…私たちは大丈夫だったんですが風邪にかかった人など免疫力の低い人から次々と感染していったんです。でも、まだ治療法はなくて、その症状を和らげることをやっていたんですが、人伝に感染していくにつれてもっと強力になってしまって、いかに苦しませずに亡くなってもらうかしか方法がなくってだから、だから…私が殺したも同然なんです!!ごめんなさい。何度も死んで償おうとしたんですが、いざとなったら勇気がなくって…卑怯ですよね?自分はたくさんの人を殺す原因を作ったのに自分自身は殺せないんです…」
 というと彼女はまた泣き崩れてしまった。
「あなたの選択は間違っていませんよ。あなたが死んだところでどうなるものでもないでしょう?あなたは看護士なんですから、人を助けてあげるのが仕事でしょう?違いますか。」
「でも、私は…」
「ところで話は変わりますが、その西ナイルウィルスは病院の閉鎖と共に無くなったんですか?」
「いいえ。おそらくまだ空気感染して広がっていっていると思います。」
「そうですか…なら、あなたの仕事はまずそのことを保健所に告発しに行くべきじゃないですか?」
「でも、そんなこと本気で執りあってくれますでしょうか…もし院長の手が及んでいたとしたら…」
「なら、また別の保健所に行くんです。そうやって、わかってもらえるまで何回も、それこそ私みたいにしつこく」
「そうですね。頑張ってみます。あなたが優しい人でよかったです。では、さっそく行ってみます。」
「そうですか、では頑張ってください。私もあなたが話してくれてうれしかったです。私も及ばずながら協力させてもらいます。それはあなたにとってつらいことかもしれないけれど…」

 そう言って私と彼女は同時に家を出た。
 その数日後、その話は新聞の一面を大きく飾ることとなり、その病院の元医院長は罰せられることとなった。
 その後、各地でウィルスが発見され、研究が進められて少なくとも脳炎型にはかかりにくくなるワクチンが発明されることとなった。但し、そのころには皮肉にも告発をした看護士も記者を含め、日本の人口の3分の1がそのウィルスの手にかかりこの世を去った後だったが…


                          (終わり)

あとがき
〜あとがき〜

いきなりですが、これは元々、

 現在あなたの生活かんきょうにおいて最も罹る可能性の高いZoonosis(人畜共通感染症)を下記から選び、罹ったと仮定して、羅患した原因(自分の状態を含む)、対策、予防策及び、人から人へ伝染する可能性のあるものであれば蔓延を防ぐ為に施さなければならない対策に関して、考え得る限り細かく述べよ。

という問題の「下記」の部分に西ナイルウィルスがあったというもので、学生生活最後のテストのうちの一つでした。テストということと、人(教師)に見られるということで、一応かたちの上ではHappy Endにしておかなければいけないだろうということでかなり最後のほうをどうするか悩んだのを覚えています。しかし実際は時間が足りなくなり、適当な納得のいかないかたちでしか終わらせることが出来ませんでした。なら今回ちゃんと納得のいくまで直せよと思うんですが、なかなか出来ないもので、結局「そのまま+α」という形で終わらせることにしました。
 こういうものを書いているといかに自分がアブナイ考え方をもっているか再確認できるもので、結構まわりの友達とこうしたらより被害が広がるとか言い合ってましたね。今考えれば懐かしいものです。
 ではここで、挨拶を…こんなものを最後まで読んでくださってありがとうございます。感想とかいただけるとかなりこいつは喜びます。
 それと、実はこの課題にはもう一つ問題があって、そっちは筋書きしかないんですが…そっちも見てみたいという奇特な方がいらっしゃれば出すかもしれません。

鏡和也

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